根室独立

独立を宣言します!根室市は今日、日本からの独立を宣言し根室国となった。
21XM年、北方領土が日本に返還され根室市となり、衰退していた漁業が活気を取り戻し、第三次産業、他の産業も続いて発展していった。豊富な埋蔵資源が期待されていた北方領土周辺の海洋は予想通り、石油資源が採掘され日本は有数の石油輸出国に成り上がった。根室北方領土へ行くための玄関口として港湾の整備拡張、北の拠点港となり、諸外国と経済的に重要な役割を持つ都市へと発展していった。空路も利便の追求、鉄道の高速化も手伝い中標津空港、釧路空港が閉鎖され、根室空港が西和田地区に建設された。
21XP年、北太平洋の公海上に第二国際宇宙空港、オメガの建設が決定された。根室市はオメガに一番近い都市であったので建設にかかわる重工業の拠点港となり、世界の重工業企業がこぞって進出した。果てしない加速度で成長し続けた根室の経済状況は世界トップランクになり、日本の地方都市にもかかわらず地方税交付を受けずかわりに、他自治体への給付金を提供する税非交付特別都市となった。日本の首相はこの特別都市にさらに給付金を払わせようと臨時国会を開き秘密裏に検討していた特別都市国債委託法を成立、与党第一党であった民主自由党はこの無謀な法律成立を引き換えにいまや、根室から経済的な潤いを受ける北海道出身議員の圧力によって内部崩壊を引き起こしてしまい、借金大国日本は北朝鮮よりもおかしな国と世界中の笑いものにされていた。

根室市市長高橋は迷っていた。地元の有力な市議会議員数人との会議の件だ。特別都市国債委託法が成立した今、日本の借金を肩代わりしなければならない。しかし、それを処理すればたかが人口20万人程度の根室市が日本を支配する裏の首都、いや、近い将来首都機能移転の話が出れば完璧に根室が首都になる。高橋自身が首都の長になるのも夢ではない。しかし、いくら経済的に余裕があるとしても70京円もの借金は荷が重い。首都になるのはすべて払い終わってからだろう。それでは高橋の孫の孫の代までならないと夢の達成はできない。そんなとき、市議会議員最年少の高尾が
「独立しましょう」
と言い出した。一同あ然とした。高尾は続けて
「幸い、海上、陸上、航空すべてを備えた自衛隊基地が根室市にはあり、同じ根室管内である別海市にはアメリカ軍基地もあります。自衛隊は国防のために使い、アメリカ軍基地を支援することでアメリカとの関係を損なうことなく国際政治も円滑に進めることができるでしょう。独立を機に根室独自の和親条約を結び国家引き続きアメリカの見た目だけの軍備もバックにつけましょう。」
高橋は動揺した。こいつはいつからそんなことを考えていたのか。すると、他の議員達からも独立に対して建設的な意見、構想がどんどん出始め高橋自信も満更ではなくなってきた。
高橋は、
「では、海外視察という名目でアメリカ合衆国大統領にこの話をしてみようと思う。高尾君同行してくれるね?」
「もちろんです」
軍基地支援ということで、アメリカ大統領は二つ返事で了解が取れ独立への全面的な協力を得ることができた。
根室が独立するとなると、根室管内の別海市、中標津市も一緒に独立させたい。特に別海市はアメリカ軍基地の存在から一緒に独立したかった。高橋は別海市長門前にこの件のすべてを話すと二つ返事で了承した。別海市も道東経済の発展と日本国の不況の狭間で板ばさみとなり窮屈がっていたようだ。門前は中標津市長には自分からいっておくといい、高橋は任せることにした。別海市長はアメリカ軍基地保有する市長ということで金銭面だけでなく圧力をかけることもできるパワーのある存在だ。中標津市長鈴木はここ数年前に起きた空港閉鎖の影響で財政難な市に頭を抱えていた。広大な根釧台地を持つ中標津市はこれが吸収という意味をわかっていたが市民のためにこの案を受け入れた。近隣が潤沢な資金を持つ経済都市にもかかわらず中標津市はその恩恵にうまくあずかることができなかったのだ。これが最後のチャンスだと感じだ。
根室市の建設会社トップである真邊建設は不況のどん底だった21世紀後半に真壁建設と渡邊建設、ともに従業員100人程度の小さな会社が合併してできた建設会社である。北方領土返還を機に土木港湾関連の仕事が増え始め、もともとサハリンでのパイプラインの仕事で精通していた真邊建設のノウハウは石油資源採掘で活かされ急成長していった。恐慌並みの不況が長年続く日本で北海道東部だけは潤ってきたことがムリな規模拡張を抑え北方領土関連事業、オメガ建設にだけ特化したことが成長を後押しした。しかし、特別都市である根室は税金が高く他都市と比べ物にならない。これだけの経済の発展にもかかわらず人口は20万人程度でしかないし進出してくるのは資源を当てにした企業だけで様々な偏りが見え始めていた。
問題があった。これだけの大企業になりあがったにもかかわらず新卒がなかなか入ってこないのだった。東京から1500キロも離れているところにある企業で一部上場しているのはここしかない。ここ数年は電力会社以上の安定株として銀行に預けるより安心といわれているほど。この会社は株としての価値は充分だが、企業としては近寄りがたいらしい。実は、来るもの拒まずで全員採用している。社内規定で公開していないのだが、新卒初任給は大学院卒で東京圏の約4倍である。しかし根室市は税金が高いため、この給料の額を知らないので敬遠されているのだろう。高い税金。これは企業だけではなく市民にとっても痛いはずだ。何とかならないものかと思っていた矢先、高橋市長がわが社にやってきた。
「西山社長、お話があります。実は・・・」
驚いた。しかもそんな具体的に話が進んでいるなんて。今、不満に思っている雇用、税金について聞いてみると、
「確かにそうですね。根室市は税金の面でも日本国の縛りを受けています。さらに委託法ですからね。なぜ高いかというと、うちの地方税等が本州の地方都市に吸い取られてしまっているんです。そもそも根室市だけなら今あるたくさんの税金のうち所得の5%もあれば他は何もなくても十二分にやっていけますよ」
思わず、西山は言ってしまった。
「私も独立を支援します。インフラ整備も過去に何度かあった大規模地震の復旧とドル箱のパイプラインの経験があります。」
「では御社の会議で極秘事項として話をしてくださいませんか」
「はい、来週の重役会議でさっそく取り上げます」
高橋はひとまずほっとした。建設関係は真邊建設が行うとしても独立したときに民間企業が重要なインフラ構築を手がけるのはセオリー通りではなく危険だったが、電力、水道、情報通信、インフラを担当することになる市としては一つでも民間に頼りたかった。大企業、真邊建設の協力というネームバリューは他の業種のインフラ構築を楽にする結果となった。
日本の老舗企業がこぞってどこからか聞きつけた独立によるインフラの話を高橋にしてきたのだ。高橋はとにかく根室市有利になる内容の案を提出してきた企業だけを採用し、市役所の一部門としてそれら人員をおいた。そして各種設備開発、建設を指示していった。
こうして根室市独立計画は進んでいったのである。
21YA年、根室は独立を宣言した。
日本国首相大川は突然の宣言に驚いた。いや、以前から根室がこうなる噂はあった。しかしそれが私の代で実際に起こってしまうなんて…。緊急の閣僚会議を開き、宣言内容を吟味した。
1、根室管内は本日21YA年2月6日、日本国からの独立を宣言し、名称を根室国とする。
2、本日より21YC年2月5日までの2年間はすべての法律及び下位規則は日本国のものに従い新国家憲法への移行期間とする。
3、根室管内とは、根室市、別海市、中標津市を含む。国の首都を根室とし、別海市、中標津市は根室国に属する都市となる。
4、本日を根室国憲法、及び下位規則の公布日とし、21YC年2月6日を根室国憲法、及び下位規則の施行日とする。
5、本日より現根室市長は根室国臨時大統領、現根室市議会議員は根室国国会議員とし別紙により決まった部門を担当する。21YA年8月5日に全国民選挙を行い根室国大統領、根室国国会議員を決定する。
どうやら、2年間はあの法律に従ってくれるようだ。大川がほっとした様子でいるのをまわりの大臣達があきれた様子で見ている。官房長長官松尾はその大川の緊張感のない顔に憤慨し手元にあった資料を大川に投げつけた。
「お前がわけのわからない法律を成立させるからこうなってしまったんだぞ。少しはない頭使って物事考えろ」
大川は本当のことを言われ一瞬たじろいだが言われっぱなしなことに腹を立て言い返した。
官房長官は首相の右腕であるべきだ。お前が耳にしていないものは私も耳にしていない。お前こそいったい何をやっていたんだ」
まわりにいたほかの大臣、官僚らはこの2人を筆頭としたおろかな自分たちに落胆するしかなかった。
21YC年、2月6日。正式に根室国は動き出した。いわゆる日本国への不平等な法律から逃れ、根室国だけでなく根室国国民のほとんどが日本国債保有する状況はいわば、根室国が日本国を操っているという構図を作り出した。まだ根室市だった頃の圧倒的な経済状況から日本国債を情けで買う根室市民が多かったことが結果的に日本を支配する形を作り出してしまった。
根室国の財源は貿易関係だけで充分だった。所得税をなくしたおかげで世界の企業がこぞって進出しようとしたが不動産税を桁違いに高くしたので一度諸外国で成功し潤った企業でないと進出できなかった。公共料金はすべて無料で市の財源から捻出された。不動産税が高いので引っ越してくる一般人が極端に増えなかったからだ。
雇用問題も解決した。根室の企業に就職したさい、その寮などに入ると不動産税は企業が払うことになる。福利厚生のしっかりした根室の企業は新卒には魅力的であったし、独立を機に情報公開し始めた企業に目をつけて日本国の大学卒業生がそれなりにやってきた。
日本国との国境は自由に行き来できた。つまりビザなしだ。ただし、根室国民にはIDカードが交付されそれ以外の人が根室国にいるとわかると、つまりアメリカ軍と根室国自衛隊が監視するのだが、かなり高い旅券代を徴収されるという仕組みだった。もともと日本でも有数の麻薬検挙率(人口比)の高い根室では犯罪の温床となってきたがアメリカ軍と自衛隊の実質的な監視によって安全が保たれた。彼らは根室国の恩恵を授かっている身、基地資金軍備演習その他、なのでIDカード保有者にはとてつもなくへりくだっていた。
根室市長、もとい、根室国大統領に無事就任した高橋はこれまでの手記「ズビ」(意味不明)を発表し、その印税でさらに潤った。無事最後の任期4年を終え引退すると後継に瀬戸を送り出し、新しくできた電力公社に天下りした。高尾も高橋の下で手腕を奮いいづれは…といわれてきたが研究がしたいといいだし、放送公社に籍を置きつつ海外の大学へ寄付金と一緒に飛び出した。
日本国では大川のあと2年ほどで3人首相が入れ替わったが根室国との有利な関係を取り戻せるはずもなく、ただ終焉をむかえるだけと海外メディアにコケにされた。21YC年9月12日、日本国首相に就任した山崎は過去の失敗政策を真似するという爆弾発言をし、3日で失脚させられた。
瀬戸には夢があった。根室国の紙幣を発行することだ。根室国は未だ日本国と同じ紙幣を使っていた。実は根室国の独立によって円の価値が下がるといわれていたのだが、高橋が紙幣はそのままと使うと決めたので円の価値は世界市場でも維持し続けているのだ。これには理由があった。根室の一般市民、今は国民だが、のほとんどが日本国債を持っていることから日本の没落は根室国民のためにならないと思っていたのだ。実際、日本国債保有者の多くが根室国根室国民ということでこの2年の日本の予算はまかなうことができた。経済的に日本は根室の属国だったが、そのお金の関係を切ることは根室にとってよくないことだった。根室国紙幣、単位はもちろんゴールドに決まっている。この決断をするのは危険だった。自分が持っている日本国債が紙切れになる可能性が高い。何か良い方法がないものか。
オメガは世界初のウォーターフロート型宇宙空港である。その浮遊体を固定する柱を海底に建設するのだが、第135長柱を建設中、偶然にも金脈にぶち当たりオメガ建設中だった真邊建設を中心とするJV(ジョイントベンチャー)は建設費の割合で同様にこの金脈掘削のための別のJVを作った。しかし、この空港がウォーターフロート工法ということから造船あがりの建設会社が多く3000m級の海底にある掘削を必要とするこの仕事は結局真邊建設の独壇場となった。極寒のサハリンでのパイプラインと苦労の質は異なるが腕の見せ所となり世界有数を証明する一大事業となった。この金脈で得た金を有効使用し真邊建設の西山と根室国大統領の瀬戸は根室国民が持つすべての日本国債を肩代わりし、日本を完璧な属国とし、根室国新紙幣の発行にいたった。10000ゴールド紙幣に高橋氏、5000ゴールド紙幣に西山氏、1000ゴールド紙幣に瀬戸氏の肖像画が採用された。すべて生存する人物ということで3人は時の人となった。その後日本の円はもちろん続落し、世界での競争力をなくしたが金のおかげで根室の人たちのダメージはなかった。日本国債という紙切れは3人に名声を与えた。
根室が誇る文学者柳瀬尚紀の子孫にあたる柳瀬氏はこの一連のノンフィクション歴史小説を発表した。勝ち組をヨイショしすぎた内容がいけなかったのか中途半端な成功に終わった。
オメガは根室からの超長大橋の完成でひとまず運行開始となった。国際宇宙空港ということでどの国にも属さないはずだったのだが、巨額の援助のせいで事実上根室の上にあるような空港だった。橋は全長500キロメートルにもなり根室から国後、択捉へと続いたあと南東へ400キロ程続く。空港と同様ウォーターフロート型を採用しており、25キロメートル毎に人工島があり途中で択捉から200キロメートルのところに世界の主要空港と宇宙空港の中継地点として北太平洋国際空港が作られた。ちなみに第一宇宙空港アルファはハワイにある。100年ほど前までは観光地だったらしく、当時の日本人の長期休暇スポットとして定着していたのだが、日本人定住者が増え始め、地元民が外へ流出するという珍現象が起こりはじめいつのまにかハワイに戸籍をおくものがいなくなった。結果、宇宙空港に最適な場所となった。
根室国の次の目標は国連の常任理事国入りだった。224番目の国連加盟国、同時に非常任理事国となったがより世界での発言力を高めるために、一応アジアに属する国として現在アジアは常任理事国がマレーシアしかない。昔は中国や、ほんの少しだけ、日本や大韓民国がなっていたが今は見る影もない。常任理事国入りするにはまずはアメリカにおいしい思いをさせねばならない。そこでアメリカ軍基地の援助を他の基地でも行うことにした。アメリカ軍はいわゆるアメリカ・根室連合軍となり、根室は資金提供だけでそれなりの軍隊を手に入れた。人口20万人の小さな国が300万人の軍隊をである。日本国のときはこんなこと想像もつかなかった。世界中に軍基地を持った根室国は豊富な資金から世界の警察の役目を勝手に引き受け、突如、他の先進国を脅かしかねない大国にのし上がった。EU国が有するNATOロシア連邦からの貧弱な小国を吸収したせいでかつての勢いをなくしており、自国とロシアとの衝突を緩和するいわゆる国境警察のような役割しか機能していなかった。根室国アメリカ軍の資金提供はアメリカという国が根室国の軍隊であるという構図を作り出した。根室国が資金提供を始めてBD年。高橋氏の息子が新たな根室国の大統領になっていたが、根室国の資金は底知らずでアメリカ軍は根室国の資金提供がないとやっていけないほどになっていた。21世紀前後の日本で毎年特別国債を発行し、それが予算編成のうち半分を占めていたという今となると日本の没落の原因と一つといえる歴史があったが、今のアメリカ軍の根室国依存度はそれ以上だった。資金のほとんどは根室国、兵隊はほとんどアメリカ軍という具合だった。
根室は世界の経済を動かしつつあった。金脈のおかげで金の値段を操作できた。北方領土周辺にある石油資源は燃料の確保というより中東との会話の機会を生んでくれた。なぜなら20ZZ年、当時日本の某大学教授の田中氏により実用的な水素電池の開発に成功したからだ。そのA年後には商用化に成功し、彼女は新宿の繁華街を買占め言葉では表現できない風俗街を作り出し、別の顔として伝説になっている。もちろん高校世界史の教科書に載っている。そして水素電池の開発、実用化の父(母)として化学の教科書にも載っている。
偉大な初代大統領を父に持つ高橋は自分もなにかすごいことをやろうともくろみ始めた。父は国を作り、紙幣になった。それを超える、いや劣っていてもいい、満足できるほどのナニカを成し遂げたい。高橋家の歴史を見てみると21世紀前半のN世代前の人が面白いことをしていた。

もちろんフィクション。
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