天井触りたい症候群

昔々、吹き抜けの玄関がとても流行った時代があった。
ビルも一軒家もマンションもこぞって採光のためといいながらホールや玄関を、居間などを吹き抜けにしていった。
地球全体で吹き抜けが流行った。
ある日、某国の某州の知事が吹き抜けのある建築物に税金をかけることにした。
財政難による苦肉の策だった。
なぜかマスコミにはたたかれなかった。
知事は某TV局の株を35%持っていたが(知事就任前の取得株)この事実はインターネット上でしか取り上げられなかった。そしていつしか風化。
どこかの偉い教授が吹き抜けは採光や開放感などの面ではプラスだが、剛性のことを考えると結果的にプラスにはならない、という論をTVでアツク演説した。
その国は平地が少ないくせに人口はべらぼうに多く地下からお空のてっぺんまで人でごった返しだった。余分な土地ならぬ余分な空間さえないのだ。
この税金条例は某国全体で行われることになった。
不動産関係者はその税金から逃れるためとキャッシュフローの好機とばかりに建て替えをどんどん進めた。
噂によると条例を作った最初の知事は国から相当なお礼をもらったらしい。
追随して二番煎じが同じ事を進めるがこれは業界の再編に繋がった。
世の中ローリスク・ハイリターンは少ないのである。
某国の天井が低くなった・・・
ある日、某新聞社の読者投稿欄に面白い記事が載った。
「最近子供が、天井によく触りたがるんです。幼稚園の頃はそんなことなかったんですけど、頻繁にジャンプするようになりました。大人としては天井に触りたいんだなと思っているんですけど、ふしぎに思ったのはうちの子だけじゃないんです。この前近くのデパートでまた子供がジャンプしているので天井に触るのを助けてあげようとしたら同じ事をしてる家族がまわりにたくさんいたんです。」
新聞社はこの投稿から深く掘り下げてさらに記事にした。10回にわたる異例の連載である。
この話題はかなり盛り上がり連載からさらに読者投稿を生み、本まででた。
あまり売れなかった。
盛り上がりすぎて世間はみんな知っていたからだ。
10年後、この法律は地球全体に広まった。
理由はこの国がオリンピックのバスケットとバレーボールで男女すべて優勝したからだ。
もともとバレーボールは連携や組織的なプレーを得意としていたので強かった。バスケットはなぜかはわからない。NBA選手が1人もいない国なのになぜか優勝してしまったのだ。
TVでは10年前のあの法律が人々の平均身長を押し上げたという人がでてきた。けれど平均身長は年々伸びているので絶対とはいえなかった。某国は徴兵制がないのでそれが関係あると言った人もいた。とにかくマスコミはこの異例なことに何らかの理由を見つけようと躍起になった。様々な領域の大学教授も様々な論を展開しどれが理由なのか誰もわからなくなった。
ある日、1人の生物学者が個人的なブログにこれらについての意見を述べた。
「天井触りたい症候群」
オリンピックでバスケットやバレーボールに出場するくらいのレベルの人は基本的に背は高い。技術もある。では何が差をうむのか。それは日常生活だ。某国は日常生活で小さな頃からジャンプするという機会に恵まれた。それは間接を鍛え柔軟でしなやかなバネを作り出すことに繋がったのだ。またお酢をよく飲む文化圏だったことも関係するだろう。お酢は体をやわらかくする効果があることは科学的に証明されている。立派な監督や恵まれた才能など他にも要因はあるだろう。しかし、生活環境は一番身近なぶん変えることは難しい。常日頃ジャンプをしていた時期があったからこそ、あの結果が生まれたのではないだろうか。私はあの吹き抜けに関する法律を思い出す。そこからジャンプをするという習慣に結びつく根拠はわからないが原因の一つではないかと思う。人間には天井が見えるとさわりたくなる習性があるようだ。しかもそれはとどきそうでとどかない、微妙な高さが必要だろう。そうでないとジャンプしようとは思わない。これを「天井触りたい症候群」ということにする。
条例を作った都知事は次の年、瑞宝大綬章をもらったが長年企業からもらってきた賄賂のことをすっぱ抜かれ自殺した。
このことが理由でかはわからないが殊勲選考の大改革が次の年にあった。
「天井触りたい症候群」については様々な議論がされ、研究も進んだが結論は出なかった。
実は法律には抜け道があり天井の高い部屋には税金がかからなかった。法律ができてから15年後、某国はこの法律を廃止した。
昔の特異な環境のせいであの病気はあったのかもしれない。法律、建物、周りがみんなジャンプしている、そんなわけのわからない環境だったからこそウィルスのように某国全体に広まったのだろう。今となってはその環境を再現することはできない。そもそもあれは病気だったのかということすらわからない。平均からはずれるとすぐ、おかしい!病気だ!といわれる時代だからだ。

天井触りたい症候群は闇に葬られた。終わり。